ぐもブロ

自分と向き合うためのブログ

マニュアルより方針

カナダから帰国する日の朝、こんなハプニングがありました。 

深夜3時45分。まだ当然真っ暗な時間ですが、ぼくはナイアガラのホテルのフロントにいました。帰国便がとても早い時間だったので、朝4時にホテルを出発し、バスで空港へ向かう予定でした。

ぼくがフロントで待っていたのは、18名のお客様と、全員分の朝食ボックス。要するに、この早い時間だとホテルで朝食を取れないので、バスの中や空港で食べられるように、ホテルに朝ごはんのお弁当を手配していたのです。

お弁当といっても、オレンジジュースとサンドウィッチのような簡単な軽食です。 

前日の夜、フロントで受け取る約束を、ホテルのスタッフと交わしました。しかし、ちらほらとお客様が集まり始めるなか、いっこうにお弁当が届く気配がないので、フロントスタッフに「お弁当はまだ?」と聞きました。

「お弁当?」 

なんのこと? という顔。嫌な予感がしました。

「ぼくらのグループの朝食ボックスだよ。昨日いたスタッフと会話してるよ。聞いてないの?お客さん待たせてるんだよ。飛行機の時間もあるし、もう出発しなきゃいけないんだ。フロントに届いてないのなら、急いで厨房へ確認してきてよ」

スタッフはレストランへ走りましたが、なかなか帰ってきません。もう出発予定の4時を過ぎていました。焦りながらも、ぼくは最悪のケースを想定し始めました。 

やがて、スタッフが戻ってきました。

「ない。厨房には誰もいない」 

やはり、ホテルのスタッフ間で、情報共有ができていなかったのです。怒りたいところですが、怒っている場合じゃありません。 

「簡単なスナックと水くらいなら、人数分急いで持ってこられるけど」 

どうする、どうする。お客さんは待っています。なんで揃ってるのに出発しないんだ、中村さんはフロントで何をしているんだ、とそわそわし始めてきています。ここに上司はいません。自分の判断で決断するしかありません。 

「いや、いらない。スナックじゃお客さん満足しないよ。今は飛行機に乗ることが最優先だから、もう出発する。でも、朝食が用意されていないのはそちらのミスだから、全員の朝食代をホテル側で負担してください。ぼくは空港の売店でサンドウィッチと飲み物を買って配ります。帰国後にその代金を請求しますから。いいですね?」 

「・・・わかりました」 

「OK。じゃあ、ありがとう」 

「大変お待たせしました〜。それでは皆さん、バスへお乗りください。出発しましょう。パスポートなどお部屋に忘れてないですね〜?笑」 

出発後、マイクを持って、事実を話しました。

「先ほどは大変お待たせいたしました。実は、ホテル側に連絡ミスがあったようでして、朝食ボックスを作るのを忘れていたみたいなんです」 

「え〜」 

この次の言葉が大切です。 

「残念ですが、飛行機に乗ってしまえば軽食が出ますので、それまで我慢しましょうか」 

なんて言いません。そんなこと言おうものなら、お客さんは怒ります。ぼくが悪くないのも、ホテル側が悪いのも、お客さんはわかっているし、多分まだ夜中だしサンドウィッチなんていらないわよ、と思っている人もいるでしょう。それでも、お客さんの利益を守るためになんとかしようと最大限の努力をするのが添乗員の仕事です。 

添乗に出ると、必ずといっていいほど、マニュアルにないハプニングが起こります。こうした想定外の出来事に対応するためには、マニュアルではなく、「方針」が必要です。 

『パンフレットで約束しているサービスをお客様が受けられないことは、あってならないこと。仮にトラブルが起きても、同等のサービスを提供することで補償する』 というのが「会社の方針」です。

帰国後に朝食代を返金するのは簡単なことです。でも、お客さんは絶対満足しません。お金が欲しいわけではなく、誠意を見せてほしいのです。 

「ご迷惑おかけしてしまい申し訳ございません。ホテルで朝食ボックスは受け取れませんでしたが、代わりとなるものを、私が空港の売店で買いますので、ご安心ください」 

もうこれで、文句を言う人はいません。

だけどぼくには、「会社の方針」のほかに、「もうひとつの方針」が残っていました。 

『ピンチをチャンスに変える』という「自分の方針」です。 話を続けました。

「でも、むしろこの方がラッキーだったかもしれませんね」 

お客さんは「何が?」という顔。 

「今飲み物をもらっていたら、液体物になってしまうので、空港着いたらすぐ処分しなくてはいけませんからね」 

「あぁ、そうか〜」と後ろから声が聞こえました。 

「セキュリティチェックを通ってから買えば、飛行機の中にも持ち込めますから、むしろ良かったですよ。サンドウィッチ食べるときに飲み物ほしいですもんね」 

「そうねえ」 

「サンドウィッチも好みがあると思いますので、売店で好きなの選んでくださいね。あ、でもあんまり高過ぎるのはダメですよ〜笑」 

「あっはっは」 

本当に些細なことですが、こう話すだけで、思わぬハプニングを幸運に変えられます。 

『幸せは、人間のように命あるものからしかもらえないんだ。物は幸せにしてくれない。幸せにしてくれるのは生き物なんだ』

とは、最近話題になっているウルグアイ前大統領のムヒカさんの言葉。 

お金で心の解決まではできません。結局人の働きです。