ぐもブロ

自分と向き合うためのブログ

もうひとつの時間

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頭上でオーロラが爆発したとき、ぼくは言葉を失い、夢中になってカメラを向けていたけど、最後は写真を撮るのもやめて、雪原の上に大の字になり、ただただ光のショーを眺めていました。この光景をしっかりと目に、そして記憶に焼き付けたかったのです。
 
今年の2月、仕事でアラスカへ行っていました。フェアバンクス空港到着時の気温は-39℃。外に出て、5秒もしないうちにまつ毛は凍っていました。信号を待つバスの中で、ガイドさんは言いました。
 
「これが北米最北の信号機ですよ」

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こんな極寒の地でも、確かに人は生活していました。
 
翌朝、フェアバンクスから10人乗りの小型飛行機に乗って、さらに400km北へ飛びました。ちょうど夜明けの時間で、空の色があまりにも美しかった。見下ろしたアラスカの大地は、川も木も、すべてが凍っていました。操縦士は、前を向いたまま言いました。
 
「ここから先が北極圏だよ」
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北緯66.33度よりも北の世界。もちろん、目に見える境界線はありませんが、「北極圏」という響きがぼくを魅了しました。
 
1時間ほどして到着したコールドフットという場所は、世界最北のトラックストップ(ドライバーが休憩したり睡眠を取ったりする場所)であり、物資を運ぶために都市と北極海の町とをひたすら往復する大型トラックやタンカーがたくさん停まっていました。
 
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運転席に座るのもひと苦労という、大きなタンカーでした。

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夜、コールドフットからさらに北へ20kmほど走り、ワイズマンという小さな村を訪れました。かつてはゴールドラッシュで栄え、多くの人が集まっていましたが、現在の人口はたったの12人。その貴重な村人のひとりであるジャックさんが、暖炉のあるロッジの中で、この村での生活について話してくれました。
 
夏に収穫したジャガイモやニンジンを雪の下に保存して、一年かけて食べるのだそうです。そして自ら猟に出て、カリブーやムース(ヘラジカ)、ドールシープ(山羊)などを獲ってきます。もちろん近くに学校はなく、子供の教育も家庭で行うのだそう。ジャックさんが見せてくれた家族写真には、この村の人口の4分の1が写っていました。みんな、とても幸せそうな笑顔でした。
 
スーパーなどがある町まで400kmも離れた、周囲に何もない北極圏の世界で、こうして暮らしている人がいるということ。それを知れたことは、大きな財産になるでしょう。ぼくはここに暮らしたいとは思いませんが、人それぞれ、自分にあった暮らしというものがあります。ジャックさんにとっては、きっとここで暮らすのが幸せなのかもしれません。
 
外に出てみると、広い空にオーロラが現れました。最初は雲のような、薄い白色でしたが、徐々に発色してきました。しばらくして爆発し、光の筆先は、広いキャンバスに幻想的な絵を描きました。

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この地では、年間240日前後オーロラが出るといわれています。ジャックさんは、もう飽きるほど見ているのでしょうが、旅行者であるぼくにとっては、幸福の瞬間でした。きっとどんな場所にも、そこで暮らす者の幸せがあり、そこに暮らさない者の幸せがあるのでしょう。日常と非日常は同居しています。
 
アラスカに生きた写真家・星野道夫さんと結婚した直子さんは、1993年に初めてこの地に降りました。これからアラスカで始まる新しい生活に少なからず不安を持っていた彼女は、結婚パーティーの最中、現地のカメラマンにこう言われたのだそうです。

「いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ」

インターネット、そしてSNSの発達によって、世界との距離はさほど感じなくなったけど、人と人との心の距離は、もしかしたら遠くなりつつあるのかもしれません。コールドフットは電波も入らず、ロッジにはwifiもなかったから、情報の海から久しぶりに離れることができました。仕事のことだけを考えていればよく、とても心地良い時間でした。
 
本当の人とのつながりとは何なのか。幸せとは何なのか。極北の大自然は、ぼくの心に強く、そして優しく語りかけました。
 
東京で慌ただしく過ごす時間と並行して、アラスカでは「もうひとつの時間」が流れています。
 
満員電車にもみくちゃにされているとき、グリズリーベアの親子は森の中を歩いているかもしれません。 

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原稿の書き出しを考えているとき、氷河は人知れず崩落しているかもしれません。
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友人の投稿に「いいね!」を押す間に、いったいいくつの流れ星が通り過ぎているのでしょうか。

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タイムラインに現れない世界が、今この瞬間も、同時に存在しています。ふとしたときに、そんな遠い世界のことを想像できたら、生きるうえで大きな違いになるのかもしれません。
 
記憶の中に、たくさんの風景を残していきたい。そして、どこに住んでいたとしても、どんな仕事をしていたとしても、ゆったりと流れる「もうひとつの時間」を、いつも心の片隅で感じていたい。

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